三度焼けて、四度建った関帝廟一体の木像から始まった、中華街の心のよりどころ
横浜中華街の真ん中に建つ、きらびやかな関帝廟。いまの建物は、実は4代目です。
関帝廟に祀られているのは誰?
主神は、三国志で知られる武将・関羽(関聖帝君)です。
関羽は武人としてだけでなく、帳簿を考え出すなどお金の管理にも通じていたと伝えられ、中国では商売繁盛の神として信仰されています。武将にとっても商人にとっても、いちばん大切なのは信義と信用。それが、商人の街で関羽が祀られる理由です。
一体の木像から始まった
横浜が開港してまもない1862年、ひとりの中国人が関羽の木像を抱いて、いまの場所に小さな祠を開いたといわれています。
1871年には、華僑たちの募金で本格的な初代関帝廟が建てられました。1891年には大きな改修が行われ、レンガ造りの城のようだと言われる姿になります。
三度焼けて、そのたびに建て直された
関帝廟は、これまでに三度、失われています。そのたびに、中華街の人々が力を合わせて建て直してきました。
- 1923関東大震災で初代が倒壊・焼失
- 19252代目を再建
- 1945横浜大空襲で2代目が焼失
- 19473代目が完成
- 1986元日の火事で3代目が焼ける
- 19904代目、いまの関帝廟が完成
いまの4代目は、雲龍石などの資材を中国の北京から取り寄せ、北京や台湾から職人を招いて建てられました。
関羽の誕生日を祝う「関帝誕」
旧暦の6月24日は関羽の誕生日で、この日に「関帝誕」というお祭りが開かれます。
明治のはじめにはすでに行われていた記録があり、1910年には大きな関帝誕の記念絵はがきが出たほどでした。その後、街を練り歩くような大規模なお祭りは途絶えていましたが、4代目が完成した翌年の1991年、「復活第1回関帝誕」として中華街全体のお祭りによみがえりました。
お参りのしかた
受付で線香と金紙を買い、本殿のまわりにある1番から5番の香炉に、順に線香を1本ずつ供えます。
神さまの前ではひざまずいて手を合わせ、住所・名前・生年月日を伝えてから願いごとをします。金紙は神さまへのお供えとお礼の意味があり、お参りのあとで金炉で燃やします。
次に行ったら 日本の神社とはお参りの作法がかなり違います。順番を確かめてからお参りしましょう。